2008年07月04日

「このこの」第1話

 玄関を開けると赤ん坊を抱いたミコトがいて、イクジはしばし呆然とした後に深いため息をついた。
「誰の子よ?」
「知らないって!」
「知らんってお前どんだけ……」
「もしかして凄まじい勘違いしてない?」
 赤ん坊があーとおもむろに泣き出す。慌てて部屋に招き入れるイクジ。
 ばたんと閉まるおんぼろアパートのドア。その様子を物陰から覗いている怪しげな人影。



第1話「このこの運命」



 困り果てたミコトがイクジのアパートを訪れたのも、イクジがミコトをすぐさま部屋に招きいれたのも、ふたりがその程度の関係だからであった。いっこうに泣き止まぬ赤ん坊を抱いたままその場に座り込むミコト。
「泣き止まないよね。ねえ、なんでだろ?」
「腹でも減ってんじゃねえの?」
 泣き声のやかましさにうんざりとしながら冷蔵庫を開けて中身を確かめるイクジ。いたんだ野菜と何週間も前の牛乳と缶ビールが2缶。だめだこりゃと言わんばかりに顔をしかめ、缶ビールを1本取り出して自らが飲む。
「そいつにも飲ませてやれよ」
「何を?」
「おっぱい」
「出ないわよ!」
「お前さあ、産むんなら出るようにしとくだろフツー」
「だから産んでないって!」
 一瞬言葉を失うイクジ。
「……あー、よかった」
「何がよ?」
「てっきり俺の子かと」
「その言葉を聞いて私もあらためて同感だわ」
「つーかじゃあ一体どうしたのよソレ」
 イクジ、晴れがましい表情を浮かべながらミコトの傍に座る。憮然として答えるミコト。
「拾った」
「拾った?どこで?」
「ウチのそばの【なかよし親子公園】」
「親いねえし……」
「それで、この子を入れたバスケットに置手紙があって……」
「なんて書いてた?」
「【拾わないでください】って」
「じゃあ拾うなよ!」
「拾うなって言われれば拾いたくなるのが人情でしょうが!」
 泣き止みかけていた赤ん坊が、大声に驚いて再び泣きはじめる。あわててあやしつけるイクジとミコト。舌を出したり指先で目尻を吊り上げたりと慣れない動作で赤ん坊をあやすイクジ。その不手際がかえって可笑しかったのか、赤ん坊は泣き止んで次第に笑い始める。ほっと胸を撫で下ろすイクジ。愛しそうに赤ん坊を見つめるミコト。
「で、どーするつもりなんよコレ」
「コレって言うな。とりあえずあたしがこの子の親を探そうと思う」
「探すってお前……見つからなかったら?」
「見つかるまで探すわよ」
「警察に任せろよ!」
「それは絶対ダメ!」
「何意地になってんだよ……」
 額に手をあてるイクジ。
「いいか、俺ら学生だぞ?社会人でさえ金が無くて子がつくれないってご時勢に赤ん坊の面倒なんか見れるわけねえじゃん」
「やってみなきゃわかんないよ」
「だから警察に任せろって……」
 そうイクジが言いかけていると、玄関のドアを強く叩く音が聞こえてきた。
 ドアを叩き割らんかの激しい打撃だった。尋常でないその音の激しさに怪訝な表情を浮かべるイクジ。
「ったく、誰だよこんな時に」
「警察よ」
「警察?」
 見ればミコトの表情が青ざめていた。終わらない乱暴なノックの連打にうんざりしたイクジは、ドアの方へと歩いていく。
「はいはい、ただいま」
「開けちゃダメ!」
 ミコトの声よりも早く猛烈なノックがドアを突き破る。ドアを貫通して飛び出した手が、イクジの手首をむんずと掴む。悲鳴をあげるイクジ。
「ひぃ〜〜〜やぁ〜〜〜!」
「逃げて!捕まっちゃだめよ!」
「もう捕まってるって!しかも万力のよーな力でッ!」
 ドアの向こうから引きずってくる手を懸命に引き返すイクジ。赤ん坊をその場にねかせるとイクジの胴をしっかと抱いて加勢するミコト。
「頑張りなよ、脳みそまで筋肉で出来てんでしょ?」
「励ましてんのか馬鹿にしてんのかどっちだよ!」
 両者一歩も譲らない腕の綱引き。古ぼけた木造の扉はみしみしと音をたてて緩んでいく。
「つうかなんなんだよこの警察?非常識にもほどがあるだろ!」
「そりゃそうよ……だってアイツ……未来警察なんだもの!」
 唐突に引っ張る力を緩めドアに身をあずける警官。イクジとミコトに引かれ、マグロの一本釣りの要領で部屋になだれ込んでくる。
 部屋中にもうもうと立ち込める砂煙とほこり。その真っ只中に大げさな真っ黒いサングラスをかけた警官が仁王立ち。思わず目を見張るほどのプロポーションと露出度の高さを誇る女性である。
 深夜番組のコスプレ警官然としたその女、部屋の奥に寝かせられた赤ん坊の姿を見とめるや地獄の底から喘ぐような低い声で呟く。
「ターゲット・ロックオン」
 漆黒のレンズの奥で赤い目が光る。その姿に驚くよりも見惚れているイクジ。
「……出張イメクラ?」
「よくこの状況でそういう想像が出来るわね」
「じゃなきゃ新手のターミ○ーターかよ」
「私もはじめはそう思ったわ。でもそうじゃないの!」
「私は未来警察……」
 威風堂々たる体躯を誇示するように立ち、腰をぬかして狼狽するイクジとミコトを見下ろす未来警察。
「私の住む世界、つまり未来ではどうしようもない悪事がはびこっている。それもこれも、モンスターペアレントとゆとり教育のせいだ」
「ゆとりって言うな!」
「ゆとりって言うな!」」
 猛烈に抗議するイクジとミコト。しかし未来警察は耳を貸す素振りすらみせない。
「私の使命は犯罪予備軍の吹き溜まりであるこの世界に出向し、罪の種を未然に摘み取ること。そしてそこにいる赤ん坊こそ、私たちの世界を恐怖のどん底に陥れる悪魔の子なのだ!」
「やっぱター○ネーターじゃねえか!」
「大丈夫よ!あっちはマッチョでこっちはダイナマイトだし、ネタ的にはカブってないから!」
「何が大丈夫なんだよ!」
「貴様らが余計な心配をしている間にも、私の世界は徐々に徐々にと崩壊への道を進んでいる。さあ、その子を渡せ」
「渡してどうなるの?」
「それは貴様らが知る必要のないことだ。それとも、見知らぬ捨て子の行く末がそんなに気になるか?」
「気になるわよ!」
「なんで?」
 それは、と言いかけて口をつぐむミコト。その神妙な表情と短くはない彼女とのつきあいから何かを感じ取ったイクジ、意を決して赤ん坊を抱きかえる。
「しょうがねえなあ」
 驚いて泣きはじめる赤ん坊を励ますイクジ。
「いちいち泣くなよ、男の子だろ」
「そうなの?」
「いや知らんけど」
「適当かよ」
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと渡せ」
「断る」
 イクジの思わぬ返答にサングラスに隠れた眉をつり上げる未来警察。
「何故だ。私の話が信じられんとでも言うのか?」
「信じねーだろフツー」
 あくまでも大真面目な未来警察と半ば呆れ気味なイクジ。
「つーかね。コイツが、ミコトがここまで言うからには、俺もそれに答えてやんなきゃいけねーの」
「二度聞くぞ。何故だ?」
「それが俺の役目だから」
 こともなげに言ってのけるイクジ。その言葉にしばし呆然とした後、ふうとため息を吐く未来警察。「恥ずかしいことを臆面も無く……だが、あの人もそうであったならば」
「え、彼氏いんの?」
「なんでやや残念そうな顔なのよ」
「気のせいだよ」
 と、イクジが目を離した隙に赤ん坊を奪おうと襲い掛かってくる未来警察。すんでのところで身をかわすイクジだが、目は彼女の胸元に釘付け。
「いやスゴイ。マジすごい」
「だから何がよ!」
「ふざけた奴め。こうなれば力ずくで行かせてもらうぞ」
「いやいや、今までもずっと力ずくでしたがな」
 おどけるイクジを睨みつけながら腰から警棒を取り出す未来警察。柄の部分についたボタンを押すや、青白い火花を散らし放電する警棒。
「覚悟しろ。当たると痛いぞ」
「そのようで」
 表情を引きつらせながら後退するイクジとミコト。徐々に部屋の隅に追いやられ逃げ場を失う。
 未来警官と向かい合ったままベランダの戸に手をかけるイクジ。不安そうにイクジを見るミコト。
「2階だよ、ここ」
「分かってるよ、んなこたあ」
 未来警察を目で牽制しつつ、おもむろに戸を開けるイクジ。赤ん坊を小脇に抱きミコトと連れて共にベランダに逃げる。
「無駄な抵抗を!」
 即座に後を追う未来警察の眼前に眼前に物干し竿の先端が迫る。槍のように突き出されたそれをのけぞってかわすも、思わずしりもちをついてしまう未来警察。イクジはその隙に物干し竿を地面に突き立て、棒高跳びの要領でベランダから身を躍らせた。
「あらよっ〜〜〜と!」
「きゃ〜〜〜ッ!」
 もう1本あった物干し竿で同じくベランダから飛び出すミコト。まんまとアパートを抜け出して逃げていくふたりとひとりの赤ん坊。ベランダの柵を掴んで忌々しげに口元を歪ませる未来警察であった。



【次回予告】

子はかすがい。子供は風の子。いつでも百万馬力でぼくらはアトムの子供さ。
……なーんて、子供にしてみりゃどこ吹く風の気楽な話。
でもそれを守る大人の立場になってみろよ!命がけだぞ!
保護者気取りのゆとり学生とセクシーダイナマイトなターミネ○ターの繰り広げる過激な赤ん坊争奪戦。
激しすぎて守られる子の気にもなってみろってんだ!
次回「このこの」、すべての子供が祝福されて生まれるなんて思うなよ!
posted by リーダー at 19:15| Comment(4) | TrackBack(0) | リーダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
読みましたよ。リーダー。
テンポのよいストーリーですね。うんうん。
この若いカップル?が赤ちゃんを守る為に未来警察と戦う!がんばれカップル!若いって素晴らしい!
羨ましいなぁ!と思う今日この頃。
Posted by 中本良 at 2008年07月05日 00:42
出だしから始まりまでの無駄のなさは必見でした。
張り出し法が見事です。

二人のやり取りも面白さを引き出していてこれからどうなるのか興味がわきます。セントラルクエスチョンもちゃんと出ていて。

設定を超えましたね。


二人のやり取りの面白さ、ここが一番よくかけていたと思います。

自分も面白いということは要するにここなんだと思います。まだよくわからないところですが。
Posted by さとっこ at 2008年07月05日 01:31
>中本さん
バカップルでバカモノという「プリティでキュアキュア」に匹敵する何かを追及していきたい今日この頃。
一部で「文章よか喋ってる方が面白いじゃん」と言われる自分の持ち味は生かせたんじゃないかなと。

>さとっこさん
書いてる間ずっと頭にあったのが「ビバリーヒルズ・コップ」におけるエディ・マーフィーだったりします。マシンガントークとメリハリのあるアクション。自分が目指すんであれば次はそのあたりかなと。
Posted by リーダー at 2008年07月05日 03:30
テンポ命、ですね。
BGMはビックバンド系ジャズでしょうか。(「ルパン3世のテーマ」を連想下さい)
面白くなりそうな設定、面白くなりそうなキャラが揃っていると思います。続編に期待。

しかし「同人誌」らしくなってきましたな…。
Posted by メープル at 2008年07月05日 10:29
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